万年温泉の経緯
くすクリーンランド建設予定地内にあるご主人の土地の売却交渉過程でくすクリ
ーンランド系列会社豊後乃里の源泉をご主人の自宅に引き湯してもらえることに
なりました。ご主人は毎年ひどい腰痛で苦しんでおり温泉効果でその激痛が癒され
るのではと楽しみにしていたそうです。
しかし源泉温度は60℃近い高温!!大きな露天風呂なら岩に当てるなどの空気
放熱等で適温調整されるが自宅の風呂でそんなことはできず湯温度調整に苦心
していたそうです。
また引き湯先の豊後乃里はお客がいない時期は源泉バルブを閉めるので腰が
痛くて温泉を使いたい時に使えないということが続きご主人は一大決心しました。
源泉を掘削し自分の入りたい時に入れる温泉を造ろうと決めました。
そして豊後乃里社長の紹介でボーリング業者の奥田さんと出会うことになるのです。
くすクリーンランドと豊後乃里の源泉計7本を堀り上げた奥田さんは、ご主人が掘ろ
うとする地域での掘削障害となる地下水脈の位置と厚く硬い岩盤の存在を誰よりも
熟知されている方でした。
採掘方法の詳しい説明で温泉ボーリング時の地下水脈の処理の仕方と源泉パイ
プの品質しだいで出てくる源泉温質に差が出てしまうという話をされたそうです。
掘削単価は高くなるがしっかりとした掘削すべきと言う奥田さんの掘削理論と自分の
仕事に妥協しないと言う職人意識に感銘を受けたご主人はその場で源泉工事をお
願いしたそうです。そして、半年後ご主人が定年退職した頃、源泉温度53℃の単純
温泉が見事堀りあげられました。
掘削期間中、ご主人家族と奥田さん家族の間には友情が育まれ今でもおつき合いは
続いています。
奥田さんの住む大分県宇佐市に掘削人生最後となった源泉があります。
家族と従業員の慰労のための温泉でしたが今は誰でも入湯できる温泉として営業して
いると聞き行ってきました(^^)
温泉の名は 金屋温泉 です
『万年(はね)の湯』という名は先生の奥さんが決めました(^^) その由来は・・
源泉掘削成功直後、まだ温泉名が決まっていない時期の話です。先生の奥さんと
当時の大分県知事であった平松さんは仲のよい友人でして会う機会がありその時に
温泉の話をしたそーな。
奥さんは当時は退職金全額つぎ込んでの源泉掘削に反対でして(当然だょね^^;)
押し切られ露天風呂を造っているという経緯を平松さんに話したそうです。
すると温泉が出るというのは七代に一度あるかないかの素晴らしくめでたいことですょと
いう話をされ感銘を受けた奥さんは平松さんに温泉の名を付けてくださいと話しました。
平松さんは「自分は決められません、しかし名前を付ける鍵となるのなら」と
三つのヒントを話されました。
個人の名は止めた方がいいということ
この温泉が誰からも愛されることを望むならそれを避けるべきだと。
地域の名も避ける方がいいということ
市町村合併等で地域の名は時と共に変わり忘れられていく名であり、代々と受け継ぐことを
望んでいるものに使うのは避けるべきだと。
そこで奥さんがではどうすれば?と聞くと平松さんは最後のヒントとして
玖珠には多くの方から愛されている素晴らしい山々があるではないですか山々の名は時が
過ぎても変わるものではありませんょと話されたそうです。
奥さんはすぐ、1つの山の名が思い浮かんだそうです・・万年山・・国の天然記念物であり
日本で唯一のダブルメーサ(二段となるテーブルマウンテン)である万年山の名に決め
その場で平松さん万年(はね)の湯と付けますと奥さんは宣言したそーな(^^)
平松さんも笑って喜んでくれたと。
湯の名には玖珠の至宝として多くの人々や地域の方と子供らの心の故郷として玖珠の万年山
(はねやま)ように愛され代々と受け継がれ欲しいという願いがあるのです。
これが「万年(はね)の湯」という名の温泉の由来です。