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ウンスンカルタ.kusufilmclub
熊本県指定重要無形民俗文化財 ウンスンカルタ
ルーツはポルトガルにあり 鶴上寛冶
これは、江戸中期に日本で生まれました。しかし、そのルーツはポルトガルにあります。大航海時代の16世紀、日本にやってきたポルトガルの船員たちが遊んでいたカルタ(南蛮カルタ)を見よう見まねで覚えた日本人は、それを少し変えた天正カルタを作り出します。これは4種類のマークでそれぞれ12枚ずつの計48枚一組もので、実物はパオ(クラブ)のスン(キング)がたった一枚、芦屋市の適翠美術館に蔵されています。賭博に使われたようで長曾我部元親百箇条にはこれを禁止する条項があります。

江戸中期になって、さらにこれを改めたウンスンカルタが現れます。従来の天正カルタよりマークを一つ(グル)を増やし、さらに各マークともスン(最高の意)とウン(一番)とロバイ(龍)を加え、五種類それぞれ15枚ずつの計75枚になりました。このカードゲームは全国的に遊ばれ、札そのものも遊び方の記録も残っていますが、寛政の改革のときに禁止され、それ以来衰退してしまいました。

ところが、この人吉球磨地方だけはなぜかこの遊びが残り、昭和のはじめまでは盛んに行われていました。その中心は鍛冶屋さんたちが仕事を終えた後、これを楽しみ明日の英気を養ったのです。四人対四人の団体戦ですので、鍛冶屋町組、川南組、上村組、須恵組などのチーム(ウンスンふうびゃあ=朋輩)もあったようです。

その後この遊びは廃れてきたので、昭和40年、熊本県はこの遊び方を無形民俗文化財に指定し、所在地を鍛冶屋町としその存続を図りました。しかし遊びを知っているお年寄りが次第に少なくなり、絶滅寸前になりました。

隠れ里に新しい風 立山茂
平成15年10月熊本県民文化祭を機に、無形民俗文化財の所在地である人吉市鍛冶屋町通りの住民たちでつくる「鍛冶屋町通りの町並み保存と活性化を計る会」がウンスンカルタ遊びの復興に向けて、活動を始めました。遊び方もビデオにまとめ、お稽古を行い、平成16年10月3日(日)には、駐日ポルトガル大使も出席の下、日本・ポルトガル友好親善を揚げた日本初のウンスンカルタ大会を開催しました。翌17年2月には地域文化の復興に寄与したことで、「くまもと県民文化賞」を受賞、同年10月には第2回大会開催。平成18年1月には九州国立博物館において実演やミニ講演も行いました。この間指導員の育成やカルタレベルの向上も図られました。
ウンスンカルタは、子どもから大人まで、幅広い年代が一緒に遊べるゲームです。4人一組のチーム1戦が、遊ぶ人同士の距離をぐっと近づけます。
ウンスンカルタを通して地域のコミュニティ、まちづくりや観光にもつなげたいという鍛冶屋町並み保存会の取り組みは、今始まったばすりです。
立山商店 代表立山茂
熊本県人吉市鍛冶屋町43
TEL 0966-22-2566  FAX 0966-24-2866





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参考HP
ワシモ(WaShimo)のホームページ
http://washimo-web.jp/Trip/Unsun/unsun.htm

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